2009年6月
2009.6.22(月)

今日の一句

「エイサーのフェーシでつなぐ地域力」

2009.6.21(日)

最近練習をサボるようになってきた。
三線サークルは七時〜八時、エイサーは八時〜九時なのだが、三線サークルが終わってから殆ど練習せずそのままみんなを誘って夕食に行ってしまったりする。
太鼓が二人だけになり、振り付けもバラバラになってしまって練習していても張り合いがない。
地唄ばかりやっていても疲れるばかりだ。
元気屋を設立した頃は、気長に練習していればいつか太鼓メンバーも増えてくるのではないか、という期待と希望があった。
けれど、結成6年目を迎えても一向に太鼓が増えず、そろそろ限界かなと思うようになってしまった。

先日の沖縄行きでひとまず地域交流の足がかりをつくり、自分の出番が終わったこともあって気が抜けたのということもある。
次は自分が抜けても八部衆が存続できる組織づくりと元気屋事業を継続できるような仕組みを作っておくことだが、これもメンバーが少ないからかなり難しい。

しかし案外一番やっかいなのは自分の気持ちの整理そのものかもしれない。

2009.6.18(木)

 バチマニアのメッサ君、キハさんから電動カンナを借りて早速仕上げにかかりました。

2009.6.10(水)

 いよいよ今日でコザとお別れです。
ホテルのモーニングコーヒーをいただきながらご主人と奥様に御礼を述べました。
今回の旅は本当にラッキー続きでした。
梅雨時にもかかわらず四日間晴れ続きでしたし、ホテルのご主人との出会いや商店街での交流、青年会との交流会、実に密度の高い旅でした。

「楽しい時間はすぐに過ぎるもんだよ」・・来る時ちぃちゃんに言ったセリフを今度は自分でかみしめながら園田からひとりバスに乗りました。

 今日は南向き離陸なのであのスリルは味わえません。

 空港ラウンジ「華」でコーヒーをいただきました。
ちょっと早い昼食は「そじ坊」で山かけそば定食、おいしかったです。

 ちぃちゃんのいる本部半島にもさようなら〜です。

 11:45発 JAL3252 中部行きは後方ガラガラ状態でした。

 ん・・島の名前わからない。
関西行きだとこの後トカラ列島と宮崎四国沿岸を飛びますが、中部行きはこの島を過ぎると太平洋に出てショートカット、紀伊半島まで洋上飛行です。
紀伊半島からは雨模様で時折地上が見えましたがどこかわからず、鈴鹿四日市から名古屋港をかすめ、南向きの着陸でした。

2009.6.9(火)

ホテルのご主人のご厚意に甘えきって今日は南部までドライブをしました。
中城あたりを南下していたら大きなサンエーを発見。
お昼にはまだ早かったけれど、むしょうにダシの味がほしかったのでフードコートで「きつねうどん」を頼みました。失礼ながら沖縄でしかもセルフなのであまり期待していなかったのだけれど、それがなかなかのお味でした。
ここでバチを送るためのダンボール箱をゲット。

走行中、いきなり名古屋のうりずんエイサーKさんから電話がありました。
コンビニの駐車場に入ってお話を伺えば今年コザに招かれたとのこと。おめでとうございます。
また走っていると知念岬に入る手前のところで今度は群馬のコロリさんから電話。
今、
斎場御嶽に向かっていることを告げると、「御嶽はね、また沖縄に来られてありがとうございます、と感謝の気持ちを伝えるんですよ」と教えてもらいました。
御嶽に着く前だったのでとてもラッキーでした。オイラお祈りの時は「銭くれ銭くれ」餓鬼道そのものですもの。コロリさんに感謝です。

途中、また大きなSCの中で百均発見、荷造り用の粘着テープをゲット。

 斎場御嶽は想像以上に整備されていて、駐車場は無料ですが管理棟から先は入場料¥200です。どこかのグループを案内していたうちなんちゅのニーニーが「なんだ金とるのかよ」とつぶやいていました。
管理棟の中はクーラーが効いて快適で斎場御嶽についての解説パネルやきれいなトイレがありました。

 世界遺産ですから

途中の拝所では家族連れがマジ拝みしていたので静かに通り過ぎましたが、こういう観光客でない人からも入場料とるのかなぁ・・なんて下世話なことを考えていました。

 神の島久高島がとてもきれいに見えました。
見る度に"津波がきたらアウトやん"などと不遜なことを考えてしまうのですが、神様の島ですからやはりそういう下世話な想像とは無縁なのです。

 次に首里を通って西海岸に抜け、R58を通って嘉手納の道の駅に行きました。
四階の屋上からは基地がよく見え、戦闘機のタッチアンドゴーなんかがガン見できます。
八部衆取材班とよく似たロケットランチャーみたいなレンズを抱え、エアーバンド受信機を胸ポケットに忍ばせ、イヤフォンを耳にしたオヤヂ達のたまり場になっていました。
自分もしっかりビデオ撮りしましたがロケットランチャーには負けました。

 基地のはるか向こうにコリンザが見えます。

 もう少し時間がありそうだったのでさらに海中道路から浜比嘉島まで行ってみました。なにか自分でも節操のない観光だなぁと思います。

途中の勝連城址前には去年と同じ場所にオトーのパーラーがあり、「あまわり焼」の旗も色あせながらも健在でちょっと嬉しくなりました。
勝連中学の壁画もしっかり平敷屋エイサーを踊っていましたし、下手な字の・・いや特徴ある手書きの立て看板も電柱にくくりつけられていてホッとしました。
浜比嘉島は時間の都合で比嘉側だけまわってコザに戻りました。

夕方ホテルのご主人にクルマをお返しに行ったら、よかったらどこかで一緒に飲みませんかとのお誘い。
嬉しいお誘いではあったのですが、今夜はメインイベントが控えているので事情を説明してまたの機会に。次回はきっとおつきあいさせていただきます。
その前に胡屋交差点近くのカレー屋さんまで歩いて行って腹ごしらえをしました。
このカレー屋さんは自分が初めてコザに来た時ちょうどオープンした店です。
あれから三年が過ぎたけれど元気に営業してくれていて嬉しくなりました。(ビーフカレー¥380)
お客は自分ひとりだけだったので、まだバイト二ヶ月目というネーネーとお話。
景気、ミュージックタウン、基地、アメリカー・・ひとりで店番してて退屈だったんでしょうか、こちらが聞いてもいない事まで楽しそうに話してくれます。
エイサーは?と聞けば室川青年会だそうで「ホー、しぶいねぇ」と言うと「はい〜シブいですぅ」と返してくれる明るく正しいコザんちゅネーネーでした。

夜は八時から胡屋の組長さんが交流会をセッティングしてくださいました。
今夜はちぃちゃんも参加させていただけるということなので、本部から高速とばしてうちなんちゅとは思えないほど時間どおり到着。
北部の青年会員がコザの青年会員と居酒屋で同席することなど絶対あり得ない、ほど貴重な機会なんだそうで、目が少女漫画になってます。
そういう自分も巨人の☆(古!)みたいにギラギラしてたと思います。

約束の時間になりましたが「自分達が先に居酒屋さんに入ってるのは失礼だよね」「・・ですよね」と協議の結果ホテルのロビーでしばらく時間調整。
20分ほど過ぎた頃そーーーっと居酒屋を覗くとすでに皆さんお揃いでした。
あわてて名刺を出してご挨拶、皆さん存在感ありすぎて緊張してしまいましたが実に楽しい懇親会でした。
平日にもかかわらず集まっていただいた皆さんとセッティングしていただいた組長さんにはいつもながらホントに感謝です。(記念写真撮れませんでした、残念)

2009.6.8(月)

朝、トーストとコーヒーのサービスがついているので食堂に下りて行くとご主人が自らパンを焼いてくれました。
コーヒーはセルフでおかわり自由。
テーブルについてパンをかじりながら「沖縄へは観光ですか?」と世間話が始まり、自分はエイサー交流と商店街の見学に来たことを話すとそこからどんどん会話が弾んで名刺交換までしました。

さらにご主人のNさんは与那城青年会のOBということで勝連のエイサーや阿麻和利名君説などで盛り上がります。
昔はエイサーなど不良のやるものだといって誰もやりたがらなかったこと。コンクール時代はいろいろあったことなど、話題は尽きません。
そして「私は道ジュネーこそエイサーだと思います」と言ったら、「道ジュネーはいいね、コザは本場だからねー。でも勝連では道ジュネーしないですよー、そのかわり・・あれは・・えーっと・・・・」ケーマーな腕を頭に上げても出てこないようなので、私が「やーまーい・・ですかね」と言ったら「そーそーそー、よく知ってますねー」、とご主人の顔がほころんだ。
だいたい勝連の男はめったに笑わない。笑うときでも口の端が少し持ち上がるだけです。(ちょっと大げさですが)。
だから初対面の時は「何か怒ってるのかな」と思ったりしますが、あまり心配しなくてもいいのです。
つまり、よかちゃーに微かな笑みが見えたらこっちに気を許してくれた証拠だと喜ぶべきなのです。
狭い島内でも地域によってこれだけの違いがあるんだと、コザんちゅとの違いを発見して内心喜んでいたらご主人「商店街だったら銀天街を知ってますか?」という。
なんとこのホテルのご主人Nさんは、自分がこれから見学に行こうとしていた銀天街で不動産業も営んでみえたのです。
私が歩いてコザ十字路まで行くと知ったNさん、「私も今から銀天街に行くから」と一緒に乗せてくれることになりました。ラッキーです。

それにしても沖縄の人は歩かない。
300m以上は遠方だと思っているフシがある。
もっとも沖縄は土地柄ちょっと歩くと坂がある。坂というより崖にブチ当たる感じだ。だからまあ歩きたくない気持ちもよくわかるのですが・・。

ご主人の運転するダイハツムーブに乗せてもらって中の町の裏道を走っていたら、いきなり「免許持ってますか?、クルマ何台かあるから貸しましょうね、こっちにいる間ずっと自由に使ってていいから」。
恐縮する私に「いいからいいから、後で千円分くらいガソリン入れといて」と気安くキーを手渡してくれました。
銀天街では商店街の副会長さんや街づくりの拠点で活躍している若者も紹介してくれ、おかげで予想以上に話が早く進み大助かりでした。ラッキーすぎです。

 銀天街は国道を拡幅するタイミングでアーケードを撤去していました。うまく行政とタイアップできた例です。

 コリンザに移動して観光協会のNさんと約束の13時までに昼食を済ませます、¥300の弁当。
コリンザの中はベスト電機が退店してしまったのでガラーンとしています。
皮肉にも三階のハローワークだけは沢山の人。ちょっと求人票を見てみたらなかなか厳しい日給でした。
その後Nさんとエイサー招聘のための詳しいお話を伺いましたが、こちらも現実はなかなか厳しい結果でした。

 お借りした三菱ミニカをこれ幸いと走らせて北谷・読谷から恩納村の「おんなの駅」に行ってみました。
ここは観光客で結構賑わっていました。やはり国道沿いの物産店は流行っています。

 次に座喜味城を見学。門の中を通る風が心地よかったです。

せっかくここまで来たのだから、赤犬子で三線上達するようにお参りしよう、阿麻和利の墓にもお参りしようと思ったのですが、道がわからず行けませんでした。

 ホテルにいったんクルマをお返しし、夕方マイミクのちんねんさんと合流して夕飯タイム。今回はワンコインのラーメン屋さんに連れていってくれました。
自分は醤油ラーメンを頼みましたが、にんにくが効いて結構味くーたーでもおいしかったです。
「このチャーシューはおいしいですね」と言ったらちんねんさん「ソーキですよ」・・失礼しました。肉系は苦手なオイラでした。

 ひまわり畑

 天願川河口の近くには野鳥公園があり、小さな公園になっています。

 日没前のうるま火力発電所。軍用ヘリが二機飛んでいきました。
人工ビーチでは高校生らしきグループが楽しそうに泳いでいました。海風が心地よかったです。

  左が現会長さん、右が名誉会長のKさん

八時になったのでちんねんさんのクルマで天願公民館へ移動。
現会長さんに挨拶しましたが、いつも伊勢で見慣れているはずなのに衣装を着てないと別人のようです。
練習を見ながら名誉会長のKさんとはいろんな話をしましたが、なかでも伊勢遠征までの苦労話には感動しました。
具志川というところはエイサーを地区外に出さず、ちんねんさんの話では獅子舞の獅子も内用と外用があったりするほどなんだそうです。
そんな地域性の中でKさんは練習後高校生をマイクロバスでお家まで送りとどけたり、実に様々な努力を重ねて遠征を成功させたのです。
そういうKさんだからメンバーからの信望も篤く、会員ひとりひとりがKさんや先輩方のためにもしっかりしようという雰囲気が練習場に満ちていて、それは太鼓とフェーシにも現れていました。
その音色が伊勢で聞くものとずいぶん違うので尋ねてみたら、三重と沖縄では気候が違うので音色が変わるのは当然だけれども、それより地元の地区内で演舞する時は先輩方から見られてみんな顔がこわばるくらい緊張するので、そのせいではないかとのことでした。
練習は他の青年会と同様上下関係が厳しそうでしたが、入会したばかりの高校生を指導する先輩も優しく、みんな礼儀正しい好青年という印象でした。
また中学生が二人入会希望で来ていましたが、「せっかくだけどもう一年待ってねー、中学生入ってると(区長さんに)アビられるから」とお家に返してました。

 「青年会に入っていれば少なくともここ(公民館)にいる時エイサーをしている時は自分が責任を持つ」というKさんの力強い言葉には地区を担う責任感とそこに住む若者達への愛情が溢れていました。

 
見学をしていたら若いメンバーさんが「どうぞ」と冷えた「さんぴん茶」を差し出してくれました。
もったいなくてありがたく持ち帰ってきました。
 練習は23時頃までするらしく、ちんねんさんは明日もお仕事なので、そろそろおいとましましょうか、とKさんにお別れの挨拶をしました。
おみやげにいただいた「ユウナのバチ」は一番長いもので70cmほどもあり、かなり太いものも10本袋にガサッと入っています。
(これを一体どうやって持っていこう・・)と一瞬思いましたが、表皮もきれいに剥いであり「太さや長さは好みがあるのでこの状態で・・」とKさん格段の心づかいが込められたバチです。メッサ君の嬉しそうな顔が浮かびました。
さらに別れ際にちんねんさんからもおみやげを頂戴し、文字通り「身も心もいっぱい」抱えて、バスは終わっていたのでタクシーでホテルまで戻りました。(¥2,000)

 
今夜も24時間営業のユニオンで缶ビールを買ってきました。

2009.6.7(日)

 貯まった航空マイルを利用して訪沖しました。
航空券はお金を払うなら関空の方が安いのですが、マイルを使えばどちらも同じなので今回は中部です。沖縄から手踊りのちぃちゃんが遊びに来ていたので、同じ便で行くことにしました。

 コミュニティバス(¥100)で、11:50近鉄松阪駅前から松阪港へ移動。
いつも一人旅ばかりなので女性と二人で飛行機に乗るなんてなんだか妙な気分です。
一週間近く三重を楽しんだちぃちゃんは「もう沖縄に帰らなくちゃならないよ〜」とちょっとブルー。
反対にオイラは「楽しい時間はすぐに過ぎるもんだよ〜」となぐさめながらもワクワクです。

 12:20 松阪高速船

風の強い日でしたがセントレアまでの45分、あまり揺れず楽しい船旅でした。

 空港では少し時間があったのでラウンジでビール。
無料なのでもう一杯飲みたかったのですが、真っ赤な顔になっても恥ずかしいので一杯でガマン。
ちぃちゃんは那覇から運転なのでコーヒーを飲んでました。

 ちぃちゃんがトレイに載せてきてくれたおつまみ類。
カードラウンジなのでフードサービスはありません。
航空会社ラウンジなら寿司やサンドイッチもあって食費を浮かせられるんだろうなぁ・・などとついケチなことを考えてしまう貧乏人です。
でも航空会社のラウンジに入れるのは年間何十回も飛行機に乗る人だけなので大会社の出張族しか無理というもの、自分には一生無理な話です。
空港は日曜日とあって家族連れやカップルで大賑わい。搭乗前にやっと昼食にありつけました。
自分はカレー、ちぃちゃんは味噌カツ丼。
場所柄メニューは全般的に高い。遊びに来るだけならどこかでお弁当買ってくるのが正解かも。

 本日のご搭乗機です。14:50 JAL3257

 離陸するとあっという間にさっき船で渡った伊勢湾をまたぎ伊勢・二見・鳥羽が見えてきました。答志島や菅島も見えます。右側の席からは松阪が見えるはず。

 伊勢市の真上に来ました。
広い河口が"日本一の清流"宮川、その上が昔江戸との交易で栄えた勢田川、メッサ君の家がある大湊も見えます。

 新聞を読むちぃちゃん。
彼女の席は偶然二つ前でした。今日の沖縄行きはほぼ満席でCAさんは大忙し。いつもならおかわりするスープも一杯だけに遠慮してしました。3列席の窓側はお隣にも気を遣います。
この時間左側は西日が入らないのでシェードを下ろさなくてもいいのですが、紀伊半島を過ぎると海ばかりでおもしろくありません。
おまけに離着陸時はビデオとデジカメの電源を切らなくてはいけないのでつまらないです。
昔はよかったなぁ。

 沖縄ならではの広告

那覇到着後ちぃちゃんのクルマでコザまで送ってもらいました。

 観光立県ですから。

 北谷からゲート通りを通ってR330に入ります。
ミュージックタウンのある胡屋交差点には「エイサーのまち宣言」の立派な看板ができていました。
でも沖縄市の看板なのにどうして屋慶名エイサーなんでしょ、いいですけど。

 今回の宿はウエスタンホテル。チェックイン後ちぃちゃんを誘って園田の「四季」でステーキを食べました。
前から気になってた店ですけど、こういうところはオヤジ一人ではどうにも入りにくくて・・。

 お姉さんが楽しく会話しながら焼いてくれました。おいしかったです。

 この店の角から路地に入ると園田公民館があります。
ダメもとで、と二人で坂を上がっていったら運良く練習していました。

 青年会のメンバー何人かが他団体を指導しているところでしたので、挨拶して見学撮影させていただきました。
自分でも意外ですが生で園田エイサーを見るのはこれが初めてです。
手踊りのちぃちゃんは青年会員の手踊りに釘付け、さすがに目がこえています。
それにしても指導している青年会員はたぶん失礼ながら歳の若い人でしょうが、それでも素晴らしい足さばき、こちらもさすがの園田です。
この時期練習が見られたのはラッキーでした。

本部まで帰るちぃちゃんとはここでお別れ。

 

 
ウエスタンホテルはコザならではの雰囲気が残る、ある意味で貴重なホテルです。
アメリカー向きに作られているので、シングルでもベッドはキングサイズ、イスも便座も浴槽もでかい。
時代を経て建物も設備も古くて暗いけれど、シーツやタオルは清潔でサービスのコーヒーもおいしく、居心地のいいホテルでした。

 筋向かいのユニオンでつまみとビールを買い込んで移動の疲れをほぐします。