| 2009.6.8(月)
朝、トーストとコーヒーのサービスがついているので食堂に下りて行くとご主人が自らパンを焼いてくれました。
コーヒーはセルフでおかわり自由。
テーブルについてパンをかじりながら「沖縄へは観光ですか?」と世間話が始まり、自分はエイサー交流と商店街の見学に来たことを話すとそこからどんどん会話が弾んで名刺交換までしました。
さらにご主人のNさんは与那城青年会のOBということで勝連のエイサーや阿麻和利名君説などで盛り上がります。
昔はエイサーなど不良のやるものだといって誰もやりたがらなかったこと。コンクール時代はいろいろあったことなど、話題は尽きません。
そして「私は道ジュネーこそエイサーだと思います」と言ったら、「道ジュネーはいいね、コザは本場だからねー。でも勝連では道ジュネーしないですよー、そのかわり・・あれは・・えーっと・・・・」ケーマーな腕を頭に上げても出てこないようなので、私が「やーまーい・・ですかね」と言ったら「そーそーそー、よく知ってますねー」、とご主人の顔がほころんだ。
だいたい勝連の男はめったに笑わない。笑うときでも口の端が少し持ち上がるだけです。(ちょっと大げさですが)。
だから初対面の時は「何か怒ってるのかな」と思ったりしますが、あまり心配しなくてもいいのです。
つまり、よかちゃーに微かな笑みが見えたらこっちに気を許してくれた証拠だと喜ぶべきなのです。
狭い島内でも地域によってこれだけの違いがあるんだと、コザんちゅとの違いを発見して内心喜んでいたらご主人「商店街だったら銀天街を知ってますか?」という。
なんとこのホテルのご主人Nさんは、自分がこれから見学に行こうとしていた銀天街で不動産業も営んでみえたのです。
私が歩いてコザ十字路まで行くと知ったNさん、「私も今から銀天街に行くから」と一緒に乗せてくれることになりました。ラッキーです。
それにしても沖縄の人は歩かない。
300m以上は遠方だと思っているフシがある。
もっとも沖縄は土地柄ちょっと歩くと坂がある。坂というより崖にブチ当たる感じだ。だからまあ歩きたくない気持ちもよくわかるのですが・・。
ご主人の運転するダイハツムーブに乗せてもらって中の町の裏道を走っていたら、いきなり「免許持ってますか?、クルマ何台かあるから貸しましょうね、こっちにいる間ずっと自由に使ってていいから」。
恐縮する私に「いいからいいから、後で千円分くらいガソリン入れといて」と気安くキーを手渡してくれました。
銀天街では商店街の副会長さんや街づくりの拠点で活躍している若者も紹介してくれ、おかげで予想以上に話が早く進み大助かりでした。ラッキーすぎです。
銀天街は国道を拡幅するタイミングでアーケードを撤去していました。うまく行政とタイアップできた例です。
コリンザに移動して観光協会のNさんと約束の13時までに昼食を済ませます、¥300の弁当。
コリンザの中はベスト電機が退店してしまったのでガラーンとしています。
皮肉にも三階のハローワークだけは沢山の人。ちょっと求人票を見てみたらなかなか厳しい日給でした。
その後Nさんとエイサー招聘のための詳しいお話を伺いましたが、こちらも現実はなかなか厳しい結果でした。
お借りした三菱ミニカをこれ幸いと走らせて北谷・読谷から恩納村の「おんなの駅」に行ってみました。
ここは観光客で結構賑わっていました。やはり国道沿いの物産店は流行っています。
次に座喜味城を見学。門の中を通る風が心地よかったです。
せっかくここまで来たのだから、赤犬子で三線上達するようにお参りしよう、阿麻和利の墓にもお参りしようと思ったのですが、道がわからず行けませんでした。
ホテルにいったんクルマをお返しし、夕方マイミクのちんねんさんと合流して夕飯タイム。今回はワンコインのラーメン屋さんに連れていってくれました。
自分は醤油ラーメンを頼みましたが、にんにくが効いて結構味くーたーでもおいしかったです。
「このチャーシューはおいしいですね」と言ったらちんねんさん「ソーキですよ」・・失礼しました。肉系は苦手なオイラでした。
ひまわり畑
天願川河口の近くには野鳥公園があり、小さな公園になっています。
日没前のうるま火力発電所。軍用ヘリが二機飛んでいきました。
人工ビーチでは高校生らしきグループが楽しそうに泳いでいました。海風が心地よかったです。
左が現会長さん、右が名誉会長のKさん
八時になったのでちんねんさんのクルマで天願公民館へ移動。
現会長さんに挨拶しましたが、いつも伊勢で見慣れているはずなのに衣装を着てないと別人のようです。
練習を見ながら名誉会長のKさんとはいろんな話をしましたが、なかでも伊勢遠征までの苦労話には感動しました。
具志川というところはエイサーを地区外に出さず、ちんねんさんの話では獅子舞の獅子も内用と外用があったりするほどなんだそうです。
そんな地域性の中でKさんは練習後高校生をマイクロバスでお家まで送りとどけたり、実に様々な努力を重ねて遠征を成功させたのです。
そういうKさんだからメンバーからの信望も篤く、会員ひとりひとりがKさんや先輩方のためにもしっかりしようという雰囲気が練習場に満ちていて、それは太鼓とフェーシにも現れていました。
その音色が伊勢で聞くものとずいぶん違うので尋ねてみたら、三重と沖縄では気候が違うので音色が変わるのは当然だけれども、それより地元の地区内で演舞する時は先輩方から見られてみんな顔がこわばるくらい緊張するので、そのせいではないかとのことでした。 練習は他の青年会と同様上下関係が厳しそうでしたが、入会したばかりの高校生を指導する先輩も優しく、みんな礼儀正しい好青年という印象でした。
また中学生が二人入会希望で来ていましたが、「せっかくだけどもう一年待ってねー、中学生入ってると(区長さんに)アビられるから」とお家に返してました。
「青年会に入っていれば少なくともここ(公民館)にいる時エイサーをしている時は自分が責任を持つ」というKさんの力強い言葉には地区を担う責任感とそこに住む若者達への愛情が溢れていました。

見学をしていたら若いメンバーさんが「どうぞ」と冷えた「さんぴん茶」を差し出してくれました。
もったいなくてありがたく持ち帰ってきました。
練習は23時頃までするらしく、ちんねんさんは明日もお仕事なので、そろそろおいとましましょうか、とKさんにお別れの挨拶をしました。
おみやげにいただいた「ユウナのバチ」は一番長いもので70cmほどもあり、かなり太いものも10本袋にガサッと入っています。
(これを一体どうやって持っていこう・・)と一瞬思いましたが、表皮もきれいに剥いであり「太さや長さは好みがあるのでこの状態で・・」とKさん格段の心づかいが込められたバチです。メッサ君の嬉しそうな顔が浮かびました。
さらに別れ際にちんねんさんからもおみやげを頂戴し、文字通り「身も心もいっぱい」抱えて、バスは終わっていたのでタクシーでホテルまで戻りました。(¥2,000)

今夜も24時間営業のユニオンで缶ビールを買ってきました。
|