2008年4

2008.4.29

大垣の「東海うるまの会」K師匠のところへ遊びに行きました。
はじめは自分一人の予定だったのですが都合のつくメンバーも一緒に行くことになり、計6名でお邪魔してしまいました。
 たくさんのビール・島酒・バーベキューでおもてなししていただきました。

 宴たけなわです
 八部衆の踊りをご披露します。近所迷惑になるといけないので太鼓は控えめです。
続いてTさんの安波節、K師匠の南嶽節などを聞かせていただき、みんな大満足の一日でした。
やはりきちんと民謡を修行してみえる方の発声は違います、いい勉強になりました。

2008.4.1

今日は沖縄で地上戦が始まった日だそうです。
日本で唯一地上戦、しかも鉄の暴風と呼ばれた一方的な戦いといえない戦いが始まった日です。
首里那覇はすべてあとかたもなく焼き払われ、島も形が変わってしまうほど砲弾を打ち込まれ、その下で人々はどんな思いで逃げ惑ったことでしょう。
私の母も赤子二人を抱えて四日市の空襲の中を逃げた恐怖をよく語っていました。
機銃掃射の恐ろしさや食料のない苦しみも聞かされました。

東京・大阪・名古屋の大空襲、そして広島長崎の惨劇。
その一方で伊勢・松阪・津も小さいながら空襲がありました。
B29がバラバラと落とした爆弾の下ではいつも民が苦しんでいたことに何一つ違いはないのです。

大江健三郎の「沖縄ノート」が勝訴したことで少しはホッとしましたが、それでも「俺は集団自決は命令していない」と言い張る日本軍の生き残りがいます。
たとえオレが命令していなくても命令と同様の空気をガマに充満させた軍に所属していたのは誰なのか。
手榴弾や毒薬をどうして一般民衆が手にしていたのか。
やはり日本軍の関与は決して否定できるものではないのです。
たとえ「俺は命令していなかった」としても軍隊の一員として戦争に関わったことに違いはなく、そこにまた当時の世情の残酷さを思わずにいられません。