2008.2.20

◎ 地域パトロールという無責任さ

今各地で流行っている「地域パトロール」って何。
住民が青色回転灯を点けたクルマで巡回して地域を守ろうという動き、一見「良いこと」に見えるけど実は大間違いだよ。
戦中の自警団と一緒で、怪しい人をつくり上げ地域から他所者を排除しようとする動きに走る危険の方が大きい。
地域の安全を守る、というスローガンに住民もただちに反論しにくい雰囲気ができてしまうのも危険だ。誰もがKYなんて言われるのは気分がよくないからね。
自国を守るためには戦争もやむなし、という雰囲気づくりと相似形でしょ。

地域なんて守る必要ないっていうのが健康的なんで、普段から地域内の人にも外の人にも挨拶や会話がある、そういう習慣があるだけでわざわざ回転灯やら見回りなんかする必要なんかないんだよ。
防犯カメラと一緒で、そんなものに頼ろうとすること自体、地域にたいして無責任になってる証拠じゃないか。
「不寝番」が「不審番」になったら地域は病んでるということだよ。

2008.2.20

あんまりいい天気なので大阪に出かけました。
昨夜は3時頃まで飲み続けていたのでかなり二日酔いだったのですが、kazさんお勧めのカレーうどんが天王寺にあるというので、めん類大好きな私としてはいてもたってもいられなかったのです。
人気店なのでどうせ混むだろうからと、近くの四天王寺を見てから行くことにしました。

聖徳太子うんぬんというのは別にどうでもいいのですが、こういう寺に関わった人達に想いを巡らしながら境内を散歩するのは大好きです。

 境内の構成はどこか中国風です。

 ぼんやり散歩してたらこんな札が風に揺れていました。

おおっこれが「しんだん木」かぁ・・、写真とりまくり。

 花でしょうか、つぼみでしょうか。

なにせ見たことがないのと眼が悪いのでよくわからない。
栴檀の香りというのがあるのかなと思って幹に近づいたりしましたが、流れてくる線香の匂いの方が強くてよくわかりませんでした。

14時頃になり、前田といううどん屋さんで名物のカレーうどんを食べてたらいつのまにかkazさんがクライアントさんと来店してました、なんという偶然でしょう。
ご迷惑になるといけないので挨拶抜きで先に帰ってきてしまいました。

天王寺界隈はまだ昔の大阪の雰囲気がよく残っている街でした。

2008.2.11

◎ 裸男
今の時期各地で行われている俗に言う裸祭、今年は岩手県の蘇民祭がポスター騒ぎで有名になったせいか警察から警告が出た。
全裸で行えば公然わいせつ罪に抵触するというのだ。
「地域の祭事」を「公然&わいせつ」と直結させてしまうところなどいかにもアホな警察のあり様ではないか。
地元では一応一般参加者は下帯をつけることと取り決め、真打ちだけは慣例どおり全裸で行っているらしい。
しかし考えてみればおかしな話、祭なんて元来観光客のためではなく地域のための地元民のためのもの。
なのに観光客が増え女性客も多くなったからといっていきなり待ってましたとばかりに行政が口を出すなんて。
全裸がわいせつだというなら会場に来なければいいだけの話ではないか。
神事=わいせつ(?!)・・地元民怒るゾー。
だいたい地域の行事なんてものは、ケーサツが生まれる何百年も前からずーーーーっと行われてきているもの。
警察もマスコミも観光客もいちいち口を出すな、ボケッ☆、と叱られても仕方がない。




◎ 建国記念日
って何?、と思って調べたら実にくだらん。
だいたい東洋人は季節のうつろいや自然の変化を基準に生きていく動物。
白人のマネをして「制度」や「基準」といったタガに生活習慣をはめようとするから歪みが生じる。
だいたい明治維新なんてバカな事をしてから日本はおかしくなった。

それまで日本人は関ヶ原や姉川や賎ケ岳や川中島で健康的に殺し合いをしてきた。
なのに明治になって西洋から軍隊という制度をとり入れてから一般人を非人間的な「殺戮」に強制的に巻き込んていくようになったのだ。
それに飢饉でも戦争でもなく毎年三万人も自殺者を出すような病んだ国になってしまったのも白人のやり方を盲目的に制度化したからだ。
建国記念日?
誰が誰のための国をブチ上げた?
どこで民衆による建国が行われた?
日本人がアホな白人のマネしてどないやねん、ボケっ☆である。




◎ いろんなエイサーを見るようになると少しずつ上手下手がわかるようになってくる。
そうなると観る側とは無責任なもので、あそこは上手だけどここは下手だなぁ・・などとつい不遜な評価を勝手に下してしまうことがある。
けれどエイサーの本質を考えれば本来的に上手下手などはなく、青年が集まってエイサーをやればそれは紛れもなくエイサーなのだ。
技の巧拙で武道を語ることの愚かさと似ている。

2008.2.8

◎ もちまき
節分の日、商店街近くの寺でもちまきをやっていました。
「鬼は外、福は内」・・。
老若男女群れ集い我先にと手を伸ばし、袋に入ったもち(菓子?)を取ろうとします。
その光景を見ていてふと疑問がわきました。
・・もちまきって寺でやっていいの?
境内で繰り広げられる餓鬼道の縮図を寺でこそ戒めるべきじゃないの?
終わってみれば体力ある若者は5個も10個も手にしていて、子供やお年寄りは群衆に近づくこともできず見守っているだけです。
遊びなんだからいいぢゃん♪、と言ってしまえばそれまでなんですが・・。
・・提案です。
「たくさん福をもらった人はもらえなかった人にもわけてあげて下さいね〜」と一言加えればうんと素敵なもちまきになるんじゃないでしょうか。