2007年7

2007.7.18

岡ぴとけんゆう三人が揃って休みになることなんてめったにないからと、男三人で法隆寺に行ってきました。
私は"大したもの"への興味、岡ぴは美術好き、けんゆうは人文地理歴史好きということで意気投合です。
でも実際に法隆寺を見てちょっとショックを受けています。
いえね、建物やなんかそれなりに見ごたえはあったんですけどね。
ただ何かが"めっさ"怪しくて胡散臭い。
いろんなものを順路にしたがって見ていくうち、聖徳太子の存在、国宝の建造物・・、すべてが偽物に見えてきたのです。
それが何故なのかはわかりません。
けど、"勘"でわかるんです。
そう、これはベートーベンの音楽と同じ臭いです。

というわけで運転疲れでしたが夜は練習。
久しぶりに太鼓も地謡も全員揃っての練習でした。
といっても太鼓4地謡4、計8名なんですけどね。
それでもやはり"本物"は気持ちがいいものです。
最近鼻に抜くところが少しだけわかってきました・・ような気がします。

2007.7.15

祇園祭りの夜、人込みの表通り。
何気なく店の前にいたらいきなり一人の少年が真正面に立って「おぢさん・・」と言う。
「?」
少年は美しい眼で"じっ"と見上げながらいたずらっぽくまた「おぢさんっ・・」と言う。
「ん?」
おぢさんはね、そんなキラキラな視線で"じっ"と見られるのに弱いのだよ、なんだか自分の汚い心をみすかされているようでね。
少年はニコッと笑うと「○□の息子ですっ」。
「ああっ、○□の息子かあ、そういえばそうだったなあ、ちょっと見ない間にすっかり大きくなって」
思わず頭を抱えるようにしてなでてやる。
「最近お父さん、太鼓サボッてるんです・・」
「そだなあ、君からしっかり言ってやってねぇ」
たったそれだけの会話の中に、自分の軽率な発言が原因で太鼓を休まざるをえなくなった○□の事を思い出されて心が痛くなった。
○□の息子は友達と連れ立って夜店の街に消えていった。
祭りの夜は人をどうにも人をかなしくさせる。

2007.7.11

最近練習不足です。
たて続けに施設の方々の練習が入って自分達の練習がおろそかになってしまったのです。
太鼓も地謡もちょっとバラけ気味。
でも祇園祭りはしっかりやりますよ。
本番に強い「八部衆」というところを見せつけてやります。(あ、強気)
今年は太鼓4人なのでPAなし、機動性抜群ですが気をつけなければいけないこと、それは地謡はきちんと固まって唄いながらフラフラ歩かないことです。
これをやると"流しのおっちゃん"になります。
地謡は殆ど身体動かさないものです、踊り手の動きをひきたてるために。
地謡は"静の堪忍"太鼓は"動の堪忍"といいます。
堪忍とは耐え忍ぶこと、自らの肉体を律して精神を解放する、それがエイサーの心得です。
道ジュネーは仕方ないですがあまり意味なく歩き回ったり意味なく音を出したりしてはいけません、ハイ。

2007.7.2

ある掲示板で誰かが"商店街でギターを弾いたりスケボーを楽しんでいたらお巡りさんがやってきて注意された、商店街とは音がある場所。人が集まればうるさいのは当たり前。それが活気というもの・・"ということを書いておられた。
しかし商店街関係者から言わせるとこれはちょっと違うと思う。
ギター少年やスケボー少年が出現する商店街というのはむしろ活気のない商店街だということの現れなのだ。
ストリートミュージシャンの下手な唄を無理やり聞かされる苦痛は携帯着メロと同じだし、観客が歩道をふさいだりタバコの吸い殻ゴミの散らかしなどのマナーがよくない(場合が多い)。
そしてスケボー少年、本人は平気かもしれないが周りの歩行者や自動車にとってはハラハラの存在だしガラゴロガッタンと騒音もひどい。
もちろんそれらが絶対ダメということではなくて、時と場所を考えてむしろお互いがうまく利用しあえればいいと思うのです。

2007.7.1

いよいよエイサーシーズンに入りました。
沖縄は暑く熱く"萌え"ていることでしょう。
そして今、倭も萌えています。
文章の転用というのはちょこっとマナーに反しますがkazさんの日記ではこういうふうです。

>デーキ君が少年野球で培った(?)指導力を発揮し
>sanchanが持ち前のノリの良さで、はにかむ高学年も乗せてしまって
>2回目の今日なんぞは、子ども達の目つきが変わっていた。

(中略)

>家族でエイサーをすれば、
>自分が変わる。
>家族が変わる。
>地域が変わる。

・・どうです、まさしくエイサーの本質ではありませんか。
沖縄以上に沖縄らしいというか、沖縄では夏限定の芸能を本土でしかできない形でエイサーが本来秘めている力をしっかり抽出してくれています。
そして倭での成功はエイサーに限らず本来的に地域芸能というものが持っている力をよみがえらせることができるということの証しでもあります。
kazさんとよく話していることですが、地域力をよみがえらせるためにはエイサーでなくてもいい、ソーランでもご当地太鼓でも神輿でも何だっていいんです、みんなホレ込んでやっているわけですからそれはそれでいい。
ただ間違ってるのは、それらの芸能を地域や家族や社会と結びつけてなくて単にイベントの客寄せにしか使われていないという点につきるんです。
心無いイベントは気がつかないうちに地域力を奪い殺していきます。
どんなに小さくてもいい地域のみんなを巻き込めるコトを企んで下さい。