2006年9月
2006.9.28

昨夜の会議疲れが残った朝、元気屋のシャッターを開けに行く途中で出会ったものたち。
商店街活動に全く協力しない店主の抜け目ない顔。
同じく商店街活動に一度も顔を出さないくせにケチだけはつける地主。
元気屋を商売に利用して後片づけをしないのでやんわり注意すれば逆ギレする二代目・・。
こいつらのためにオイラ店を休んでまでイベントに参加しているのか、と思うと複雑な気持ちになる。
いや、何もしなくていいアンタらは、何もせず人の褌でおおいに儲けてくれ。
ワシはそれでも満足じゃ。
ただ、ただ、我々の活動の足をひっぱるようなことだけはするな。
それだけは絶対に許さない。

2006.9.27

夜の会議はおもしろくなかった。
時間もおしてきているのに自分達の活動がどんなに素晴らしいかまくしたてるオバハン達。
アイデアだけ述べて後は知らんという先生あがり。
オイラはバサッと机の上に書類を投げ出してため息をつく。
どんな企画でもやれることに協力はするつもりだけれど、他力本願な輩ではせっかくの企画も頓挫すること間違いなしだ。
機会があればその辺をじっくりお話ししたいのだが・・。
あぁ疲れた。

2006.9.25

津まつりでの「道ジュネー」は屋台と客がびっしりなので不可能、ということで今回はなし。
でもkazさんのおかげで次の機会と商店街同士のつながりはできそう。
何でも"動いてみる"のが肝心ということを改めて思う。

2006.9.24

津まつりの打ち合わせでkazさんとけんゆうの三人で久しぶりに津市内を歩きました。
駅から会場まで商店街の見学も兼ねてテクテク、どこもシャッター通りになってしまって寂しいかぎりです。
これは人を呼ぶための方策を考えるより個店の魅力をアップしないとどうしようもありません。
どんなにいいイベントを打ってもその日だけの賑やかさでは何にもならない。
その日だけ賑わってそれで何か出来たという気になってしまうのが一番怖いんです。
しかし、では個店の魅力はどうやって出せばいいのか・・、それがわかれば誰も苦労しないのです。
途中私の希望でコーヒーを飲みました。
おばさんひとりでやっている小さな喫茶店のコーヒーは苦味や酸味がなくとてもおいしかったです。
このホッと感がどこの商店街にも必要なんですがねー。
価格競争などやっている時代は過ぎた、はずなんですがねー。

で、肝心の説明会。
若いスタッフ達の事はこびにはずいぶん穴があってこちらが心配になるほどでしたが、まあこちらは演者として指定された時間に精いっぱい務めればいいわけで。
津まつりはのべ30万人の観客があるという県下一のお祭り(であるらしい)、地元の踊りや太鼓、タレントを呼んでのパレードや子供達のパフォーマンス、そして60チームを越えるよさこいでいっぱいです。
メイン会場は芸能パレードとよさこい、有料サジキ席まであります。
私達は「ワールドフェスタ」という、場所だけはまんまん中の会場。
ここはすべて海外の演奏者ばかりで、伊勢の緑海舞遊会さんとふたつだけ沖縄(日本)となっています。
ほー、沖縄は外国であったか。まあ日本代表ということなんですな。
しかし立派な公式プログラムの冊子には「穴」がチラホラ。
こんな書き方すると嫌なヤツにつっこまれるよ〜誰も原稿の読み合わせしてなかったのかよぉ・・、年寄りはやっぱり心配してしまうのでした。
その後また一時間ほど市内を散策して津駅前で夕食。
いつもは自動車で通り過ぎる津市内も歩くことで新しい発見ができた一日でした。

2006.9.22

米のアーミテージがパキスタンのムシャラフを脅した、とニュース。
「言うことをきけ、さもなくば空爆してお前の国を石器時代に戻してやる」
これにはけんゆうと二人で飲みかけのしまー吹き出すほど大笑い。
ユーモア度100点だけどマジ度マイナス100点で0点★

2006.9.21

まつりでの演舞はステージ+広場。
17時からだから13時の開会セレモニーからかなり時間がある。
そこで最寄りのD商店街の中を「道ジュネー」させてもらえないだろうかと検討中。
商店街つながりなら"わんにまかちょーけー!"と思っていたら、kazさんがもう何人か知り合いがいるとのこと。
さすが情報省のkazさんだ顔が広い。

のkazさんの情報ツールは練りに練られた自作の手帳で事ある度にこまめに書き込んでいる。
情報処理の仕方がオイラとまるで反対だ。
オイラの場合は予定などは紙きれに書き込んでPC前にペタペタと張り、終わると順番に捨てていく。
お客さんの情報もなにもかも済めばすべて捨てる。
だから「あれ〜、ボクの電話番号は昨日言ったでしょぉ」などとお客さんに叱られる事も多い。
ついでにお客さんの名前も忘れる。
3日経てばお買い上げ商品さえもすべて忘れる。
それだから商売キツいんだわさと突っ込まれそうだが、某一流ホテルのドアマンのようにはいかない性格なのだ。
情報を貯めていくkazさんと情報を捨てていくyakaraさんって行き着く先は・・。

の夏、札幌で山岳ガイドをやっているA君と久しぶりに飲んだ。
飲めばお互い愚痴も出る。
ガイドしたお客さんから「テント山行なのにどうして小屋泊まりより料金が高いの?」とツアー会社宛に苦情がきたという。
件のA君「重いテントは誰が担ぐの?食料や水は誰が持つの?単なる道案内だけじゃなくて動植物を分かりやすく解説したり、山小屋に負けないほどの料理やデザートまでつけてこの苦情かよ・・」と友人は杯を空けた。
「大将っ、大もう一本」追加してしまったオイラだった。

2006.9.17

靖国に行くと言いはってる時の首相って奈良の騒音おばさんとダブるなぁ。

2006.9.14

園田公民館発見!!!
・・だと思うんですけど、どうでしょう。
♪花ぬ風車や〜・・ここまで聞こえてきそうです。

2006.9.12

道具はそれを手にしたら創造力をかきたてられるというものが理想形です。
その点では大工さんのカンナもPCも同じ道具です。
大工さんは道具を手入れすることで良い仕事ができる。
PCも計算や作文や映像の処理を人間よりはるかに早く正しくできるから道具として成り立っているわけです。
ところが最近はそれらの道具を"いい仕事"をするためではなくて"楽をする"ために手にする人が多すぎると思います。
大工さんがカンナを研ぐのは楽をするためではなくていい仕事をするために研いでいるのだ、ということをみんな忘れているようです。

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Google earthというソフトを入れて人工衛星から見てみました。

 まあるい地球からどんどん近づいて


松阪も倭もこのあたりまで見えます。
都会はもっと詳しく見えます。

さてクイズ
どこでしょう?


ゴヤ十字路です。

じゃあここは?




sanchanの職場をのぞいてみました(笑)

ダウンロードはこちらから↓
http://earth.google.com/

2006.9.11

 今、密かに本を出そうと思っている。
本の題名は「誰も書かなかったエイサー」「猿でもわかるエイサー」「エイサーニズム宣言」(あ、これは嫌い)のうちどれか。
「猿でもわかる青年会」「絵にも描けない青年会」ってのもいいかもしれない。
(あっ、青年会の皆様ごめんなさい)
一度も沖縄に行ったことのない自分が「誰も知らなかった沖縄」「エイサーおやぢ沖縄を行く」っていうガイドブックを書く、ってのはどうだろう。
これは以前からオカピにも勧められている。
人類は想像力と創造力でどこまで実像に迫れるか。
読者はそのギャップも楽しむ・・。
・・とちょっとマジに考えたりしている。
だって原稿なんて今まで書き溜めた日記そのままでいいし、"それゆけ八部衆"を囲みで所々に配置すればいい。
おおっ、行けるぢゃん☆これでハイソな印税生活だぁ!!!

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・・というわけで。

 ♪ふるいアルバムめく〜、ってたらこんなアナタの写真が・・・。
日付が1986年8月29日になってるからちょうど20年前だ。
♪あの頃君は若かった〜・・・ってね。
ブルーハーツ聞きながら「オトナは信用できねー!」って叫ぶ高一だったわけだ。
そこんとこ今もおんなじぢゃん。
でも小兵ながら相手にビシバシかかっていく姿はカックエガッタぜぃ、アンタ。

 セミがうるさいので市役所になんとかしてくれと掛け合った、という記事が新聞に載っていたから驚いた。
しかもその記事がコラムだったから更に驚いた。
結局記者氏の願いはかなわなかったのだが、記者がこういうことを書く世の中になったか。
そのうち夏は暑いのでなんとかしてくれ、雨が降っては洗濯物が濡れるからなんとかしてくれ・・などと言い出すのだろうか。
生きるということはセミのために寝不足になったりと、しょうもない体験の繰り返しだと思うのだけれど。

2006.9.10

友人から祇園祭「道ジュネー」の時の写真をいただきました。
二科展やコンクールで何度も入選しているカメラマンだけあってさすが視点が違います。

津市の地元紙「ふるさと新聞」に倭人との「道ジュネー」が紹介されました。ここです。

2006.9.9

ここのところ毎夜毎夜いただきもののDVDで謝刈と浜比嘉のエイサーを見ています。
ぽーぽーさんのカメラは私のように"作為"がない分ストレートに何かが伝わってきます。
ふ〜ん沖縄の二才達はこんなふうに道ジュネーしてんのかぁ、というのがよくわかります。
謝苅は大人数でおせおせムード、地謡のマシンガントークがすごいし若さ爆発のエイサー。
一方浜比嘉のエイサーは地謡にPAもなく太鼓の人数も少ない、けれどもよく揃っているしフェーシもよく出てる。
でもガーエーしても数で勝てそうにない、こういう素朴な青年会のエイサーってすごく身近な感じがします。
真っ暗な画面の中でフェーシだけの二才達が愛おしくなってつい声援を送ってしまうのであります。


某掲示板で誰かが質問しました。
「エイサーするとき初めに必要な物って何ですか?」
すかさず答え。
「寅壱のニッカボッカ」
これには笑っちゃいました。
コザの名門青年会は寅壱禁止だそうです。
それが読谷や北谷やうるまなどコザから遠くなるにつれ急に寅壱率が高くなる、いや殆どといっていいほど寅壱。
で、いろいろ見ていて思ったのですが、コザのように野球のユニでやってるところは下半身の使い方や揃い方がさすが見事なんです。
脚の動きがごまかせないのでしっかり練習を積んでいるのがわかります。
一方寅壱の方はあまり脚を上げず、むしろ上半身の動きを派手にして見せているようです。
これは善し悪しというより好みの問題なんでしょうけれど、私としてはエイサーはやはり脚でしっかり地面(悪霊)を踏んでほしいと思うのでありました。

2006.9.2

上ノ村の方々が盆踊りの慰労会を開いてくださいました。
「八部衆」もどうぞということでホイホイとお呼ばれに・・。


幸せそうなけんゆう、ひたすらレモンを絞るオカピ、手踊り指導のO先生です。

いつもの練習会場は長老から幼児までワイワイガヤガヤものすごく賑やかです。
地域が健康だということはこういうことなんだなぁと実感しながらしこたま飲ませていただいた次第です。
上の村の皆様ごちそうさまでした。


抽選会にはkazさんの仕掛けがいっぱい♪「八部衆」は二人も当たってしまいました。


「エイサーとはだね諸君、・・ウダウダ」酔っ払いはイヤだねぇ。

これで「八部衆」の役目は一区切りつきました。
道ジュネーも盆踊りもまずは成功ということでホッとしています。
でも、内心は今一番ハラハラしているのも事実です。
盆踊り会場で、良かったよという声と同時に気のせいかもしれませんが背中に厳しい視線も感じていたからです。
今回は自分の心の弱さゆえに「八部衆」にも「倭人」にも何か大切な事を伝えきれなかったような気がします。

● エイサーとして分をわきまえプライドを持つこと。
先日の越来青年会・松本青年会の演舞の時のことです。
何気ない会話の中で「今日はカチャーシーしないんですか?」と私が聞いたら「カチャーシーはしません、今日は花火が主役で私達は添え物ですから」ときっぱり言われました。
"添え物"・・この自覚とプライドが青年会エイサーを支えて来、演舞に味を醸し出しているのだと私はおおいに感心しました。
「八部衆」も「倭人」ももはや"観る側"ではなく"送り手"の側です。
ぶっちゃけ、自分達が無邪気に楽しんでちゃいかんということなんです。
これからまだいろいろあると思いますが、ふたつのエイサー隊がお互いに手をとりあって支え合いながら進んでいければと切に思います。