2006年4月
2006.4.27

「宮古のあやぐ」の採譜を始めた。
採譜といってもビデオからは聞き取れないので殆ど手作りのようなもの。
半分くらいまでできて・・根負け。
この分では「海チン」「ギークヨー」まで遠いなぁ。

「八部衆」も三年目に入りいよいよ太帯にしようという動きが。
胡屋青年会が黒地に金模様だから遠慮して白地に銀模様にしようかと思っている。
この色は組踊りで老爺や仏の役がつけるものだと思うから決して華やかではないけど、臣下そのものが仏の使いだと考えれば無理のない解釈かも。
無理はむしろ金銭的な面でメンバーに負担をかけてしまうということか。
ねぇ〜みんな〜、そろそろサージから卒業しようよ〜。
「八部衆」も6曲連続演舞ができるようになったことだし・・ね、ね♪

2006.4.25

今日は二度目の市長面談。
地域、商店街、駅前整備、これらをどう連動させていくかについての話と要望。
相手が現場の人ではないので世間話だけで終わるのだが、その世間話の中に大きな力が働いているのがわかる。
それだけに疲れる一時間だった、ふぅ〜。

2006.4.24

このところ毎晩エイサー取材の夢を見る。
ある意味幸せな夢ではあるけれどぐったり疲れる夢でもある。
控室を探し出し、挨拶をして取材のお願いをする、やっと取材許可をもらいイザ本番という時にかぎって機材不調、広い会場を走りまわって何かを探している・・。
フー・・。
「今年の町田はどこが来るんだろうね」練習後にそんな会話をしているからこんな夢を見るんだろう。

2006.4.21

 サラダ菜を食べるハムスター、2年になるのに名前はまだない。
深夜母が寝静まる頃になると起き出してきてパタパタと走りまわっている。

ある三線ひーちゃーのブログを読んでいたらいい言葉に出会ったので引用させていただく。
「無駄に練習するな。出来ないところだけをやれ。それを徹底的に潰せれば、強い演奏が出来る。演奏の楽しみは、できるようになってから追求しろ。」
あたっていると思います。
とはいえなかなかそのようにストイックな練習ってできないんですけどね。
気持ちだけでもどこかに持っていたいものです。

2006.4.18

千部法要演舞のビデオ完成。
のべ25時間ほども編集作業に費やした超大作だ。

しかしその映像を見ると・・相変わらず謡が下手なのである。
頭に「ど」がつく下手さ加減である。
PAの音が小さいと思ってマイクに近づきすぎたからアラがまる聞こえにになってしまっているではないか。
「自業自得」「因果応報」「会者定離」(あ、これは違うか・・)であるが、みんなにDVD配ってしまったなぁ(恥)
また反省会かぁ。

2006.4.14

4/9「倭人」応援演舞の様子です。写真を撮ってくださったはにわおやじさん・tamさんありがとうございます。


踊り手が足をとられないようにとわざわざ境内の砂利を撤去して下さいました。感謝の一言につきます。

 腹ごしらえと

 リハーサル

 出発前の「気合い入れ」

 上人様からお言葉をいただきました。


無事終了

 「倭人」の皆さんが懇親会を開いてくださいました。


すっかり酔いもまわってノリノリの「唐船どーい」、本番より盛り上がってたねぇ〜(笑)

2006.4.13

千部法要での演舞のビデオ編集に入っています。
写真はほぼ千枚近くになり、その中から使えそうなものを選ぶのに手間取っています。
こんなとき自分の情報処理能力の無さが露呈してしまうのです。

2006.4.10

「倭人」デビューの日のことは、前日のオバアピンチ(!)から当日の楽しい懇親会までいろいろありすぎて・・。
楽才はあっても(グフッ)文才のないオイラには書けないので、写真が来てからボツボツと書き足していこうと思います。
なにせ明日はいよいよ本番という土曜練習日にオバアがヤバい状態になり救急車か放置かを迫られたものだからパニック寸前という状況だったのです。
「おばあ〜、なんでこんな大事な時に寝床から落ちたりするの〜っ」
当日は三時間おきに見回りに来てくれるヘルパーさんにお願いして倭へ向うことができたのでした。
皆さんにはホントご迷惑ご心配をおかけしました。


懇親会場にはきれいなブーケまで・・優しい心づかいが嬉しい。

2006.4.4

オバアがデイサービスに行ってる隙にプチ家出で倭へ。
風もなく日差しもやわらかく気持ちのいいロケーションの中でたっぷりとビデオ撮り。
倭人デビューの時のタイトルバックに使おうという魂胆なのだ。

この情景だと沖縄のBGMよりやっぱり新日本紀行になってしまうんだなぁ・・。
桜は5分咲きやまだつぼみのやいろいろ。
桜吹雪の中の演舞なら最高だなぁ。

kazさんには駅まで送迎していただきランチまでごちそうになってしまいました。

2006.4.2

3月26日東青年会のぬりえに細かな間違いがあったので修正。

本日「倭人」での練習最終日。
4ヶ月にわたる白山通いも今夜で一区切りとなる。
PA・マイク・スタンド・太鼓・衣装を積み込んで40分の山道を走っていると今日までの事が思い出される。
「倭人」は結局最後まで全員揃っての練習が出来なかった。
4ヶ月の間たったの一度も、だ。
これでは踊りが揃うはずもない。
しかし、こういう状況でもなんとかするのが八部衆の強さ・・でありたい。
ステージじゃなきゃ嫌だ、タダで見せるのは嫌だ、音が悪い響きが悪い、人数が揃わなきゃ嫌だ、酔っ払いは嫌だ・・。
八部衆はそんなヤワな事は言わない。
そういう意味でも「倭人」とのおつきあいはいい経験になった、グフフッ。

「倭人」もよくがんばった。
特にスタッフによる援助、そして興味をもって見て下さった人達。
そういう目に見えない力こそが太鼓や謡に情念を注入していくのだ。

帰り道、volvochの愛車がパンク(!)
こんなじょーとー外車でもパンクはするんだぁ・・とタイヤ交換を手伝ってたら「タイヤはすり減るまで使うんだ」とvolvoch、オイッである。
雨やんだ後でよかった〜。

それにしても白山通いのこの山道、便利な道なので通行量は結構多いのだがどこか不気味というか寂しいというか、夜一人じゃ通りたくないなぁという雰囲気の道なのだ。
おまけに普通ではないことがよくある。
今日のパンクはまあご愛嬌としても、クルマが転覆して道路ふさいでて交通整理したり、転落炎上焼死って事故に遭遇したり・・。
なにかといわくつきの経路ではあった。
まあみんな事故もなく白山詣でが終わったことでよしとしよう。