管理人の「エイサー・三線超初心者日記」
2004,5,29

土曜の定例練習日。
三線3、締太鼓2。
今日は地謡練習に徹することにして普段着のまま参加。
三線がよく揃うようになってきた。
三線が揃うと音に厚みが増して気持ちいい。
その音色に負けないよう声を張り上げ、最大限の声で謡う。
初めの頃は苦しかった「七」も大きな声を出す練習を重ねたら今では「八」も出せるようになった。
地謡の気合いが太鼓に伝わると大きなフェーシが出はじめる。
そして太鼓の音がパンッパンッと気持ちよく応えてくれる。
こうなればもうしめたもの。
みんなエイサーの魔力(!?)にどっぷり浸って楽しむ。

◎ 細かいところの課題。
バチはまわさず上げる。背中につくほどのつもりで振り上げ、腕は外捻させて肘を張り大きく振る。
膝をもっと高く上げる、子供エイサーにならないように。
勢いで走らない、地謡に合わせてね。
地謡はリズムが変化しないように、曲の途中から走ったり太鼓に惑わされずメトロノームに徹する。
途中で止めない。

練習後みんなラーメン屋さんへ塩分補給に・・
みんな元気だなぁ、オイラはこてこてに疲れたのでひとりリタイヤ。

2004,5,22

今日はオバアがデイサービスの土曜日。
週に一度、ひとりになれる貴重な半日だ。
たしか「うりずんエイサー」が三越の沖縄物産展で踊るはず。
しめしめ、半日店さぼって見に行くか・・
と思ってVTRなど準備しつつPCで確かめると、今日はリトルワールドで三越は明日になってる。
あぁ、残念。またみんなを驚かしてやろうと思ったのに。
思えばあれからちょうど一年になるんだなあ。
ビデオでしか見たことがなかったエイサーを初めてナマで見たのは「うりずんエイサー」だった。
もう一年経ったと思うし、まだ一年しか経っていないんだ、とも思う。
この一年はいろいろあった。
今夜は久しぶりに笑顔いっぱいの「うりずん」のビデオを見ながら酒浸りになるかぁ。
って、結局飲むことしか考えてないオイラだった。

 

んで・・夜の練習会には思いがけないお客様がいらっしゃった。
ネットで知り合った三線仲間がわざわざ大垣と桑名から駆けつけて下さったのだ。
仲間と言っても我々からみればきちんと民謡道場に通ってみえる三線の先輩方だ。
自己紹介もそこそこに早速三線やエイサーの話が際限なく続く。
自分達の三線を聞いていただき、また聞かせていただきながら約2時間みっちりお話を伺うことができた。
それにしても痛感させられるのはオイラ基本が全然できてないということ。
姿勢、チンダミ、手首の使い方、発声、練習方法・・
遠くから応援に来てくださったお二人には充分なおもてなしもできず、深夜まで大変申しわけないことでした。
独学ではわからないところをたくさん吸収させていただいて感謝感謝の夜でした。

2004,5,18

青年会の地謡はゲロ吐くほど練習するときいたので、自分もやってみようと思った。
三線を持たず園田エイサーのCDに合わせて謡う。
約5時間ほど大声で謡い続けたら本当に吐き気がしてきた。
うあー、こういうことだったのかぁ、と深呼吸しながらもがんばって謡う。
しかし喉ガラガラ、吐き気ゲロゲロ、頭ジンジン・・というところで自らドクターストップ。
つらい思いはしたけれど、不思議なことにその次の日から謡が楽になった。
大きな声で謡い続けても平気になった。
高い音程も出るようになった。
曲中で声の強弱や抑揚をつけたりタメをつくったりできるようになった。
野球や武道の練習で限界まで練習するのと同じことかもしれない。
限界まで練習することで身体から無駄な動作が削られ、本当に必要な動きが刷り込まれるのだ。
以前風邪をひいて声が出なかったとき、血を滲ませながら無理に謡っていたら突然よく響く声が出たことがある。
以来その時の声で謡うように練習している。(なかなか出ないが)
でも最近の「よゐこ」はこんな練習したら本当に死んじゃうかもしれないなあ。
ちゃあがんじゅうなオイラではあるが、最近肝臓が死にかけているそうだ。ヲイヲイ。

2004,5,16

祭り太鼓とエイサー、どう違うのだろう。
事あるごとに論議されてきたテーマだ。
エイサーといってもいつでもどこでも楽しく踊るエイサーがあれば、盆の時期にしか踊ってはいけないという本来のエイサーがある。
「エイサーの心」とオイラなんか簡単に言ってしまうけど、じゃあ「エイサーの心」って何?
あらためて問われると的確に答えられないし自信もない。
"人が幸せになれば自分も幸せになれる"という肝高の精神がベースにあるのが「エイサーの心」だとオイラは思ってきた。
でも肝心の幸せの定義なんて人によってまちまちだ。
青年会エイサーに感動する人がいれば祭り太鼓で元気をもらうという人もいる。
エイサーを定義しようとする試みは、ひょっとしたら人の幸せを定義しようとするほど困難なものなのかもしれない。

2004,5,12

元気屋での練習が始まってひと月が経った。
場所柄いろんな方々がやってくる。
いろんな方々に見ていただくのはとても励みになるし嬉しいのだが、時々ちょっと困ったお客さんもやってくる。
入り口にドカッと陣取って無言でジトーーッとした視線を投げかけてくる一見ホームレス風の方。
何気なく入ってきて楽しそうに一緒に踊り始め、あれこれリクエストされる春先に多そうな方。
まぁ、ノリがいいのは結構なんだけどねぇ。
そういう方より元気いっぱいのニーシェーが来てくんないかなぁ。
市内の太鼓連諸先輩方にもそろそろうわさが届き始めたようだし。
太鼓には太鼓の仁義があるらしいので、今は町中をひたすら低姿勢で歩いているオイラ。(笑)
「道じゅねー」までの道のりはまだまだ遠い。

2004,5,5

「仲順流り」を力強く踊る。
練習を重ねると太鼓の音もばらつきがなくなって、パンッとひとつになって気持ちがいい。
太鼓が締まれば謡も張り切る。
謡が張り切れば太鼓もますますがんばる。
エイサーのおもしろさの初めの一歩だ。
しかし地謡候補の皆さんそろそろ大きな声で謡う練習を始めて下さいね。
謡いながらフルで一曲踊ると息が継げなくてヒーヒー言っちゃいます。
まだこの季節だからフェーシの気迫でなんとかもってきますけどね。
エイサーではこんなの「あり得な〜い」
「唄三線」の気持ちを忘れないで。