管理人の「エイサー・三線超初心者日記」
2004,1,31

シホ姉が西表から戻った日、二人で飲んだ。
いきつけの居酒屋のカウンターで店のご主人も交えて島の話をたっぷり楽しんで数時間。
そろそろ時間かなという頃になって店のご主人が「今度は三線持ってきて聞かせて下さいよ」と言われた。
「いやいや、私などまだまだ聞いていただけるようなモノじゃないですよ」と私が言ったとたん、シホ姉が私の肩をパンと叩いた。
「何を言ってるのっ、こんな時に聞いてもらわなくてどーーっするのよぉっ」
いつも穏やかなシホ姉の眼がキラリと光っている。
なるほどそういう事か。
地方は弾いて謡ってナンボのもの。
今のうちに人前でいっぱい失敗しなさい、恥をかきなさい、という事なんだね。
「西表黒糖」「自分で苅ったウージ」「ふ」・・
今日はシホ姉におみやげいっぱいもらったけど、サヨナラの前にすごいおみやげをもらったと思った。

2004,1,30

「いちゅび小」が急に弾けるようになった。
もちろんまだまだ間違いは多いけれど、工工四なしで弾けるようになると練習の効率がグッとよくなるから嬉しい。
三線は練習を続けているといつもある時急に弾けるようになるのが不思議だ。
他の楽器でもそうなんだろうか。
しかし「海やから」「スーリ東」「胡屋小唄」は見えてはいるのだがつかまらない。
園田のCDに合わせて#チンダミすると弦が張って弾きやすくなるのだが、今度は声が届かない。
なかなかうまくいかないものだ。
気分を変えて「唐船どーい」をがなり、「肝高の詩」を聴いて元気をもらう。

2004,1,28

定例練習会の様子

 地謡の練習
初見で「久高節」弾いちゃったMさん、「南嶽節」から「仲順流り」まできっちりマスターしたSさんです。

 シホ姉の指導で女性陣の手踊り

 唐船BOYの力強いダンボール太鼓・・「すいっ!」
指笛も一日で数種類鳴らせるようになったし(驚)、エイサー万能青年を目指します。

2004,1,22

Mさんからデジカメの画像をいただいたので追加。

  

普段はあまり自分の姿を見る事はなくて、いつも撮る側なのでちょっと恥ずかしい。
幻の(!?)入場曲「にんぐるまあと」の工工四が手に入るかもしれない。
いきさつはちょっと内緒なんだけど・・
「八」が入ったりして自分にとっては難曲、でも挑戦はしてみたい。
天願青年会、カッコ良かったもの。

2004,1,21 定例水曜練習会の様子です。

 シホ姉が見事な「鳩間節」を披露

 地方練習
三人揃って「南嶽節」から「仲順流り」を合わせる。一人の時より音に厚みが出てずっと良くなった。

 脚さばきを教わる唐船BOY・・で、最後はやはりカチャーシー(笑) 

2004,1,19

今まで簡単に弾けていたところが、急に弾けなくなった。
「壁」
テンポを落として練習する。
工工四は辿れるのだから、指使いが本当に身についていなかったということだ。
そろそろもう少しいい三線が欲しくなってきたなあ。
・・と三線のせいにする。

2004,1,17

唐船BOY君と三線練習。
彼も着実に腕を上げてきた。
ジグソーパズルのように、出来るところから徐々につなげていく楽しさが三線にはある。
誰にも師事していない気楽さもある。
遠回りになってもいい、自分流をつくろう。
そして青年会のビデオ鑑賞。
やはりエイサーは地謡と手踊り、そしてフェーシの大きさだというのが二人の意見。
地謡4、大太鼓2、締太鼓4、男女手踊り8というのが最初の目標ではないかと思う。

2004,1,15

昨夜は定例の練習会。
皆さん着々と上手になってきた。
もうすぐ追い越されそう、早く四人揃って謡いたいものだ。
太鼓はシホ姉が西表からジャンクをもらってきてあげると言ってくれたし、打掛を売ってる店も調べてくれるらしい。
何から何までありがたい。

2004,1,12

今日は嫌いな成人の日。
だいたい成人式なんて元は「徴兵検査」だったのが昭和三十年代から誰かの思いつきで始まって政治屋が都合よく利用しているだけのこと。
人生の区切りとして成人を祝いたいなら身内や友人同士ですればいい。
それなら人としての実体がある。
でも国や県や市町村といった実体のない組織が個人相手に「お祝い」をしてくれることなんて絶対にあり得ないんだ。
組織から個人に向けて発信されるのは通達だけ。
組織が人のフリをするときは裏がある。
若者よ思考回路を磨け。それが成人するってことなんじゃないかい。

2004,1,11

エイサーには凄い力が篭っている。
それは何だろう。
「愛」ではないかと思う。

2004,1,10

昨今の不況続きで商店街には空き店舗が目立ったままだ。
空き店舗が増えると商店街全体の活気がなくなり、ますます衰退の一途を辿る事になる。
夜、店が閉まってからの商店街はちょっと不気味で決していい雰囲気とはいえない。
どうせ空いている店舗なら、タダ同然の維持費だけで市内の文化サークルなどに貸せばいい。
深夜まで大人達が何らかの活動をしていれば少しでも街が明るくなり、治安もよくなるはず。
まずは「エイサー会館」を作ろう。
ブティックの跡には大きな鏡が数枚残されているから、捨てられないうちに密かに運び出しておこうか。

2004,1,7

毎週水曜日は脚が弱った母親のための気晴らしドライブ。
天気がいいので雪をかぶった伊吹山を見せてやろうと、彦根に向けて田舎道を選んで走る。
のどかな田園風景は日本のどこにでもある里の香りがしてホッとする。
小さな集落の横断歩道に小学生がいたので停止したら、渡った後にわざわざこちらを振り返って両手を揃えてお辞儀をされた。
こちらも思わず手を振って微笑んでしまった。
集落、寺、公民館・・ここなら道ジュネーができそうかな、と他所の土地で勝手な想像を巡らせながらの近江路ドライブだった。

夜、定例の練習会
シホ姉の指導でいくつかの足さばきとバチ振りを教えてもらう。
ウチは迷わず青年会型を採用。
とりあえず曲は「南嶽節」の行進、「仲順流り」「久高節」「唐線どーい」から始めることにする。
とここまででしまータイムに突入。
練習とはいえ適当にやっているから傍目には効率がよくない練習法に見えるかもしれない。
けれども今はこれでいいと思う。
まだ各自温度差が感じられるし、そのうち否応なく揃えなければいけない時がくる。
そしてたいがい酔ったところからが自分の練習。
南嶽・仲順・久高・トゥタン・てんよー・安波・唐線そしてカチャーシー。
シホ姉の絶妙なフェーシとフルボリュームの椎按司の掛け声で三線の練習ができるなんて、ある意味ぜいたくかもしれない。
感謝感謝!

2004,1,6

太鼓出身のシホ姉が遊びに来てくれた。
沖縄や西表の事などいろいろ聞かせてくれて楽しい数時間を過ごした後、メンバーの一人も加わったのでひととおり練習。
シホ姉は僕の三線で数曲踊りを披露してくれた。
フェーシをしっかり出してくれるとこちらもノリがよくなってくる。
なんだか自分がいよいよ地方になったようでいい気分。
こんなして気楽に遊んでいるうちが花かもしれんばー。

2004,1,4

以前から危うかった腰がついにギックリ腰に出世したようだ。
このところ腹筋サボッてたもんなぁ、身体は正直だ。
このぶんじゃ太鼓どころか手踊りすらできないぞ。
ひととおり三線の練習はしたものの、仲間と一緒に歌ってもり上げるという気になれない。
だらしなく長イスに寄り掛かっている。
このまま自分が寝込んだら一体どうすればいいのだろう、と身の回りの事を考える。
いやいや、そんな事を考えるのはエイサー隊が若い人達だけで活動できるようになってからでいい。
と自分にハッパをかけるのだが・・

2004,1,3

 

野球の新春練習会の後、宴会に突入。
疲れた上に空腹、そこにしまーを流し込んだから酔うわな。
家に帰ったところまでは覚えているが、朝までTVつけっぱなし、エアコン25度つけっぱなし、電気こたつつけっぱなし、電気毛布最強つけっぱなし・・
よく死ななかったものだと我ながら感心、してるバヤイじゃないだろう(バシッ>自分)
以前にも風呂で眠って溺れかけたし。
こうして今年の抱負はあえなく自己嫌悪の海に撃沈と相成ったのであります。

2004,1,2

穏やかな年明けだ。
今年は「八部衆」は"かんなじ"飛躍の年になる。
だから身体を鍛えておく。
下手でも野球に行って本番のプレッシャーに負けないようにする。
少林寺の道場も毎回行くようにして打たれ強くなる。
腹筋を強くして腰痛に備える。
スクワットで下半身も鍛える。
・・
・・
と、とりあえず理想の抱負を語ってみる。
タハッ・・